断片的

こういうことになる

ユートピアを葬る夢

【この春、自分の苦手なものを改めて認識することになった。そしてそれは、春を通り越して夏になった今でも俺を苦しめる。俺は、都会の人混みが得意ではない。以前は好きだったとか、以前は苦手じゃなかったとか、そういうわけではない。まあ、そのくらい平気だろう、というくらいに考えていた。ーー】


「どうして俺たち、こんなところにいるんでしょうね」
困惑しつつ笑みを含んだ声音で、厭世がつぶやく。
周りを見渡す限りでは、自分たち二人以外の誰かはひとりもいないようだった。今からここへ誰かがやってくる様子はない。1ミリの気配すらないように思えた。そう感じたのは厭世だけではなく、綺麗も同じだった。
この状況の訳合を厭世から問いかけられた綺麗は、ほんの少しの間考えあぐねて、口を開いた。
「…分からない、でも、前にもこういうことがあったような気がする。」
「そう言われると、確かにそんな気がしますね…」
綺麗の言葉に厭世は納得してうなずく。お互い口には出さないが、スピリチュアルじみたデジャヴの影を脳裏に見ていた。そうさせたのは、自分たちの見知った特別教室に立ち尽くしているはずなのに、見た目だけがそっくり同じの異世界にいるような感覚だ。
この感覚の奥底には、今の自分には理解の及ばない未知の事象が根を張っているのだろう。綺麗はそう考え至る。隣の厭世も、煩雑した思考で似たようなことを考えていた。
「ていうか先輩セーラー服なんですね」
「…そっちも、夏服着てるじゃん」
そうして結局、わけもわからずこの光景への既視感を覚えたばかりの二人は、疑問についての考えを巡らすことをやめた。


【ーー彼らはみな目的地を有しているのだろうが、ここからどこに行くのかはわからない。俺の知り得ることではない。人に揉みくちゃにされふらつく視界とはべつのところで考える。そう、ここにいる人間はみんなどこかに行こうとしているはずなんだ、でも俺はいま、一体どこに向かっているんだっけ?
駅の構内から地上へやってきた。ギグバックを軽く背負い直して、熱されたアスファルトのうえを歩きはじめる。直射日光に目がくらむ。最近どうも具合が悪い。自分の体が自分のものじゃなくなっていくようだ。██████████████、█████硬a蟶呻シ樣?槭≠?雁ク吶∪███████、███ォ縺ァ?堺シ壹>縺溘>蟶呻シ樣?槭≧██████蜻サ?シ?驍オ?コ??ヲ驛「?█。████、██████?クコ?邇?驍オ████████████████。騾橸ス縺??阪□縺ッ繧?¥縺ッ繧?¥?樣?槭>縺セ縺吶$縺】


「でも私、久しぶりにここに来たよ」
綺麗はそう言いながら、数個ある窓のうちひとつの部分だけ閉じられていた目の前の遮光カーテンを開いた。その瞬間、窓の向こうに晴れた夕方の空がめいっぱい広がる。綺麗が振り向いて教室内を見渡すと、金色の西陽に照らされたおかげで、古びた木製の椅子と机は、夕暮れの空の薄い色をした部分にどこか似ている淡さを帯びていた。
綺麗がいる目の前の椅子に腰掛けていた厭世は、眩い光で輪郭を縁どられた綺麗の姿を見て、懐かしいと思っていた。綺麗の黒髪が夕陽の光を後ろに揺れる時、栗色に透けて輝くことを知っていたのだ。そんなことを考えながら、厭世は立ち上がって綺麗の隣へ歩み寄り、おもむろに窓ガラスを開けた。
「そういえば俺、ここで先輩が窓閉めてる時の姿、なんか好きだったんですよねぇ」
懐古を口にしながら厭世は眩しさに目を細めた。窓ガラスが開いて、綺麗は目の前の景色と自分が立っている場所との境界線が無くなったように思えた。時間が静止しているかのように、少しの風さえも吹いてこないので、尚更その感覚が強くなったように感じた。綺麗が窓の縁へ上半身を少し乗り出すと、地平線に沈みつつある夕陽と綺麗との距離が数センチ縮まる。その様子を見て厭世は、自分はいま夢の中にいるのだと気づいた。


【気味が悪くぎらぎらしている。視界に映るもの、全てから目を逸したいのに、逸らせない。逃げ出すように目を閉じる。騒音。騒音。騒音。騒音。騒音。騒音。騒音。騒音。騒音。騒音。騒音。騒音。視界を遮断してもなお追い詰めてくるものたちに、俺は耐えきれなくなって、逃げるように耳を塞いだ。
『うるさい』
 ついそう吐き捨てるように呟くと、スイッチを無理やり切ったようにぷつりと音が途絶えた。耳鳴りに似た静寂の音だけが頭の中で鳴り響いている。そして重たい瞼を開けて周りを見渡すと、誰もいない。ただ一人、目の前に佇む彼女を除いて。
 突如現れた胸中の隣人はこちらを見て微笑んでいる。突き刺さる直射日光に照らされながら立ちすくむ俺と、大きな建物の影にじんわりと沈み込むように佇んでいる彼女。二人きり。世界をそのままにして、他の人間だけが消えてしまったあまりにも不吉な光景が目の前に広がっている。不気味さを感じる理性とは裏腹に、安堵の感情を覚えた。途端、塞がれていたような息苦しさから開放されて、深く息を吐き出した。自分の息は震えていた。汗が体を伝って流れ落ちていくのを感じる。湿った極彩色の沈黙が、彼女の声で引き裂かれる。
『こんにちは、きょうは暑いですね』
 日陰の方からこちらの様子を伺う彼女はさらに続けた。『大丈夫ですか? こっち、涼しいですよ』】


「ごめんなさい、あの、俺、思い出しました」
厭世の頬を伝った涙が、一瞬きらりと光って外の地面へ落ちていく。綺麗が水滴の落下に気づいたのと同じ頃に、厭世は窓枠にもたれて突っ伏して己の顔を隠した。
ごめんなさい、ともういちど力なく呟く厭世の頭に、綺麗が手を置く。
「大丈夫だよ」
俯いて隠された厭世の表情は分からない。けれど、自分たちの囁き声のような会話だけが聞こえるような場所にいるのだ。小さくしゃくりあげる厭世の泣き声が綺麗の耳に届く。綺麗はもう一度繰り返した。
「大丈夫だから」