断片的

こういうことになる

音楽は振り向きざまに信仰の幻覚を見せる

最後の最後に夢を見たかった。ほかのメンバーが選んだこんなクソダサい曲も我慢して完璧に歌って弾いてみせるから、私の本当にやりたいかっこいい曲を1曲だけやらせて欲しい。一曲分の数分間だけでいいから、私の夢を叶えて欲しい。そうしてきっぱり音楽に対するささやかな夢を心の中にしまい込もう。そんな思いでした選曲だった。本気で練習をしなければ言い出しっぺの自分が醜態を晒すことを覚悟しながら、その難しい曲を練習した。最終的に完璧じゃなくても、本気で挑戦できたならそれはそれできっぱり音楽に対するなにか期待のようなものを諦めることができるんじゃないかと思っていたからだ。

けれど夢を見ることすら許されなかった。申し訳ないけど、の言葉と共にやんわり言われた「やっぱり無理そう」の旨の言葉は私と現実の繋ぎ目をほどいて離れ離れにさせる。はっきり見えているのに暗闇で遮断された情報量をしているような視界が、茶色の壁、床、譜面台、青のテレアコ、デジタル時計、ジャズベース。どれも形があって色があるのに触れられるのに私の妄想のように曖昧だった。

私が本気を以て実現しようとしている最中に、よく知らない男が努力もせずそれをいとも容易く投げ出した。私は何のために歌っていたのだろう。あの時聞いた「練習すれば大丈夫そう」という言葉はなんだったのだろう。私は練習しても大丈夫じゃないかもしれなかったから本気で取り組んでいたのに、言葉が崩れる。アイデンティティが崩れる。夢が奪われる。夢が覚めていく。振り向きざまに見えたそれは灰色だった。